小学生時代の思い出(昭和54年~昭和60年頃①)
小学生時代の思い出として、サンクラブJr以外で思い入れがあるのは、皆さんも良く学校帰りに立ち寄ったと思いますが、そう…駄菓子屋さんです。
私が小学生の頃は、駄菓子屋さんがたくさんありました。
その中で、大久保小学校の校門を出てすぐに、あたかも下校途中の小学生たちを待ち受けているかのように一軒の駄菓子屋さんがありました。
記憶が曖昧なのですが、確か『井上文具店?か井上駄菓子店?』というお店だったと思います。
このブログを読まれている方の中には『あった、あったな』と同意してくださる方もおられるのではないでしょうか。
そう、確か文房具と駄菓子が同一店舗内で売られていたお店だったと思います。
今から考えると扱う商品もバラエティーに富んだモノを置いているお店がいたるところにありましたね笑!
当時、私は大久保小学校通学前に母親からその日のお菓子代として100円をもらっていました。
当時のお菓子相場は最安で10円~高いお菓子でも50円くらいだったので、100円あれば、結構な種類のお菓子が買う事ができました。
その中でも、私が特にお気に入りだったのは10円で食べられるヨーグルトと30円で飲める炭酸水でした。※私が良く買い食いしていた駄菓子です。
今思うと、かなり怪しい食べモノであった事は間違いがないであろう。
当時はそんな事はお構いなしで、手づかみで駄菓子の入ったケースを開けて、串スルメ・串カツ・チョコレートがコーティングされている串カステラ等を
なんの躊躇いもなく、誰もが普通に食していました。
ビニル系の入れ物に入った飲料水(高い商品でも30円くらいだった)にかんしては、上キャップに理解不能な炭酸のコナが封印されていて、
キャップを締めると同時に、飲料水と炭酸のコナが混合され、赤や青、黄色など色鮮やかな見事な炭酸ジュースが出来上がる…
というような身体には非常に悪影響を及ぼすであろう飲み物?がたくさん存在していました。
ほかにも、舌を変色させる10円で買えた粉末ジュースやこれまた下の色を自在に変色させるタブレットもどきも忘れてはいけませんね( ´∀` )
今では考えられない衛生面の中で、私たちは強靭な胃腸を日々鍛えられ成長していったのです。
注)すべてのお菓子がこういったものではなく、あくまで一例としての話ですが…
私は、『現代の子供達と私たち世代の子供の違いは』と聞かれたならば、まず、『胃腸(お腹)の強さ』と私が答えるのは言うまでもありません!!
以上、小学校時代の思い出(昭和54年~昭和60年頃①)でした。<(_ _)>











