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小学生時代の思い出(昭和54年~昭和60年頃②)

2021-10-01

小学生時代の思い出(昭和54年~昭和60年頃②)とタイトルにありますが、私がなぜ宇治市で中古車屋さんを開業したかと言いますと、

 

それは小学生時代のラジコンカーブームの頃に話はさかのぼります。

 

大久保小学校の2年生になった頃に、誕生日プレゼントと称して父親に『タミヤ模型のホリデーバギー』という名のラジコンカーを買ってもらいました。

 

当時はまだ説明書を見ながら、自分で組み立てるというラジコンキットは珍しく、

 

近鉄伊勢田駅と小倉駅の中間ほどにあるR24号線沿いの【小倉模型店】で購入したのを覚えています。

 

 

当時は、この自分で組立てるラジコンキットの知識が全くなく、模型店のショウケース上に幾段にも重ねられたラジコンキットが梱包されている箱を『アレはプラモデルかな?』ってな感じで眺めてるだけでした。

 

『自分で組立てるラジコンカーは、まだ同級生では誰も持っていないので、自分が先駆けとなってラジコンブームを流行らせて目立ちたい』

 

・・・とまあそんな感じです。

 

 

模型店に行く当日、父親には『本当に自分で組立てられるのか?』とさいさん聞かれました。

 

私は、当時ブームだったプラモデルを既に組立てるスキルを持ち合せていたので、『大丈夫!!簡単に組立てられるよ!』と即答しました。

 

これが、その日から続くラジコンカーを対峙しての悪戦苦闘の始まりだったのです。

 

 

まず、前述のとおりまったく予備知識なしでラジコンキットを買いに行ったので、箱で売られている本体価格の¥9,800だけでは済まなかったのです。

 

車の販売に例えると車両価格(クルマ本体のみの価格の事)と支払総額(車両本体価格に諸費用を加えた金額)があるのとおなじように、

 

ラジコンカーの組立に関しても本体価格にラジコンを操作するプロポというコントローラーが必要で別料金だったのでした。

 

結局、支払総額は本体価格の¥9,800+コントローラー代の¥15,800が加わり¥25,600に膨れ上がる始末になったのです。

 

 

父親も私と同じように、当然そのような知識もなかったので、多分1万円以内の範囲内で『雅之の誕生日プレゼントを買えたら』いう考えであったのでしょう。

 

模型屋の店主に、総額¥25,600と聞かされた時はさすがに顔がこわばっていました。そして、『本当に自分で組立てられるのか?』と最初に聞かれていたのが、

 

『絶対に意地でも組立てなアカンでっ!』と少し命令口調に変わっていたのを思い出します。

 

 

 

皆さんも中古車販売店で売られている、車のフロントガラスに、『FOR SALE』と書かれたプライスボードが貼ってあるのを見たことがあると思います。

 

大体の中古車販売店では、車両金額をプライスボードで目立つように出しています。

 

車を購入されるお客様が実際に払う、支払総額(乗り出し価格)はその車両金額諸経費総額という金額がプラスされるという事なのです。

 

諸経費総額の詳細は、まず法定費用(自動車税・自賠責保険料・重量税・印紙代・ナンバー代・環境性能割など)とかなりややこしい費用です。

 

その費用にリサイクル料を加えて、販売店の諸費用(代行費用・点検費用・整備費用etc)がプラスされ諸経費総額となるわけです。

 

結局、プライスボードに20万円と掲げられていても、実際は30万円を超える位の支払い総額になるということは言うまでもありません。

 

 

 

ラジコンカーでも少し意味合いは違いますが、車の購入と同じように、当初の予算より大幅に購入代金が膨れ上がったという訳なのです。

 

結局、父親は私に買ってやると言い放った以上『タミヤ模型のホリデーバギー』をプレゼントする選択しかなかったのです。

 

¥9,800の金額でもビビっていた私に、支払総額¥25,600に跳ね上がった時点で『買ってもらうのやめとこうかな』と正直思いました。

 

高額なプレゼントの上に、父親からの『ちゃんと組立てるんやぞっ』というプレッシャーに押しつぶされそうになりました。

 

 

ラジコンキットとコントローラーのセットシメテ¥25,600のプレゼントを脇に抱えて自宅に帰りました。

 

家に帰宅するなりラジコンキットの箱を開封し、まず取扱い説明書を手に取りました。

 

 

 

『なんじゃこりゃ‼』最初に口から出た言葉がこれでした。

 

その組立内容とパーツの多さは、当時の小学生2年生が組立てられる程簡単な代物ではなかったのです。

 

学校に行っている時間を除いて、ほぼラジコンカーの組立に時間を費やしました。明けても暮れても…

 

両親に関しては、だまって何か言いたそうな表情で私が必死にラジコンを組立てる仕草を心配そうにジーっと見つめていました。

 

 

 

『出来たッ!!』やっとの思いで幾度となく失敗・組立て直しを繰り返し約2週間ほどで『ホリデーバギー』は出来上がったのです。

 

その時の喜びと、半分あきらめていた両親の嬉しそうな顔はこの歳になっても忘れる事ができません。

 

結局、モノづくりに対する興味はこの頃から始まっていたのではないかと思います。

 

現在、中古車販売・買取店を営んでいますが、この頃の経験が今の自分をつくりあげていたのだと自負しています。

 

あの時に、ホリデーバギーを組立てるのを諦めていたらひょっとすると今の仕事に就いていないかもとさえ思えます。

 

 

ラジコンカーを幾度となく購入しに行って、良きアドバイスをくれた小倉模型店さん、

 

ガンダムのプラモデルを小学校帰りによく見に行った、学校近くの城南模型店さん

 

両店とも、本当に小学校時代の思い出に残っている良いお店でした。

 

ちなみに、城南模型のおじちゃんはいつ行っても眼鏡が下がっていましたね。( ´∀` )本当によく通った!嗚呼懐かしい…

 

 

 

以上、小学生時代の思い出(昭和54年~昭和60年頃②)→車屋さんをやるきっかけとなった、ラジコンカーとの出会い編でした。

 

 

 

 

 

タミヤ模型 ホリデーバギー♡

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